© 表現未満、webマガジン All rights reserved.

体験としての障害と福祉

久しぶりのレッツ観光。前回からおもむろに「レッツに小松以外の同行者を連れていくシリーズ」が始まった。

前回は編集者の影山裕樹さんをお連れし、今回は島根県津和野町で高校生たちの下宿を運営するNPO法人「ブートピア」を運営しつつ批評やデザインの領域で執筆や編集に関わる若き才英、瀬下翔太さんをゲストに迎えた。実はこの「表現未満、ウェブマガジン」のウェブデザインも瀬下さんたちが手がける批評誌『レトリカ』のチームに依頼している。そんな仕事のつながりもあり、一度現場を見てもらおうと誘ったところだ。

瀬下さんからのエッセイも間もなく届くはず

さて、今回の訪問初日は、連尺町のたけし文化センターに行く前に、浜松駅からタクシーに乗って15分ほどのところにある佐鳴台小学校へと向かった。小学校のお昼休みにレッツの利用者とスタッフで教室のひとつを借り、そこを表現未満の場所にしてしまおうという「出前教室」のような企画があると聞いていたからだ。見ないわけにはいかないぜ。

会場に着くと予想通り最高にハッピーな空間が広がっていた。来ていたのはレッツオールスターと言っていい顔ぶれで、ふたつあるレッツの施設を2日間に分けて回っているぼくからすると、1箇所にレッツのスターが集まっているのは「一度で二度美味しい」と言わずにいられない陣容だ。

教室の入り口にはカワちゃんが陣取り、教室の中には平子くんも土屋くんもいる。たけちゃんもリョウガくんもどこか機嫌が良さげで、こっちゃんもニコニコだ。ケンゴくんもいつもより大きい音量で「トゥーッス」とシャウトしていて、ぼくも思わずテンションが上がってしまった。

まねしてみよう!

昼休みのいい頃合いになると、スタッフの水越さんが、楽器を鳴らしながら「アルス・ノヴァ、始まるよ~」と大きな声を出して児童たちの来場を促すと、あっちこっちから子どもたちがやってきた。教室の中に入って接触を試みようという子もいれば、扉のところから中を覗くだけで入ってこない子たちもいる。一緒に絵を描いちゃう児童もいれば、黙々と何かを作っている児童もいる。いやあ、バラバラだなあ。

スタッフも、無理に子どもたちに介入することなく自由に任せているようだった。こっちにおいでよと誘いはするけれど、これこれこうしなさいとか、これをこうやってみな、みたいな指示出しもない。実際に何をするかは子どもたちの判断にまかせてしまっている。

そのおかげで、最初は何をすればいいのかビミョーな感じで立ち尽くしている児童も、5分としないうちに自分の居場所を見つけ、それぞれがそれなりに過ごし始めたのだった。ちなみにここで言う「居場所を見つける」ということは、もちろん「レッツの利用者と絡む」ことは意味しない。教室にいるだけ、つまりそこでぼやっとしてたり、眺めたりしてるだけでもいいのだった。

元気に歩くたけちゃん、そして席に座っている平子くん

子どもが大勢多くやってくると、意外にもカワちゃんがその勢いに押されてしまって部屋に入ってくることができなかったり、平子くんは教室の中に入ったはいいけれど居場所がなくて端の方で壁を向いて座っていたり、リョウガくんは逆にものすごく楽しくなってしまいいつもより高くジャンプを決め込めていたり、田村くんは黒板に絵を描いて大勢の子どもたちを楽しませていたり、ますますカオスでバラバラで最高である。

そこには「統制」などない。あらゆるバラバラの動きが生まれていて、「ああ、学校って統制される場所なのに、こんなに統制取れてない空間を作ることができるんだな、などと妙に感動してしまった。

これもあり、の効能

校長先生がいらっしゃって、「こういう場所はこういう場所でありなんです」とおっしゃっていたのが印象的だった。「こういう多様な場所が求められているんです」とか、「こういう機会が学びになるんです」とか、あるべき論みたいな話を一度も言わなかったのだ。もちろん、先生は必要だと思っているからこうして受け入れているわけである。けれど、あくまで「あり」という言葉で語ろうというところに、ぼくはとても共感した。

なぜかというと、「これもあり」は、また別のものを「それもあり」と許容していく言葉だからだ。「これがいい」とか「これこそが○○」となると、他のやり方を評価できない「排除の言葉」になってしまう。たった一言だけれど、「これもありなんです」という校長先生の言葉には、この学校の目指す方向性がにじみ出ていた気がしたし、その方向はおそらくレッツが向いてる方向とさほど違っていないのではないかと思えてとても心強かった。

たけちゃんと触れ合う校長先生

浜松には外国人の労働者が多く、その子どもたちが学校に通ってくるという地域の事情があるのだろう。実際、小学校に入ってちょっと廊下を歩いてみれば、外国にルーツがあると思しき子どもたちをたくさん確認することができる。色々なルーツを持つ子どもたちがいるからこそダイバーシティ教育のようなものが必要とされているのだろうし、そういうものが根付きやすい環境がもともとあったのかもしれない。

いや、というかそれ以前に、本来、学校にはいろんな場所があっていいはずだ。けれども小学校って運動に強い子が同時に勉強も強かったりして(すなわち無敵だったりして)、多様な場があるように見えて実際にはあまりなかったりする。本当は、芸術で光る子や理科で存在感を示す子もいるし、なぜか外国にルーツのある友達のほうがしっくりくる日本人の子どもや、幼稚園の子どもの面倒を見るのが得意な子がいるだろうし、レッツの人たちが来ると輝き出す子だってきっといるはずなのに、自由な空間は案外少ない。

一方、レッツの出前授業の空間は、大の大人が「いたいようにしている」のだ。働いて金を稼いで社会に貢献しなければいけないと思われている大人たちが、寝っころがってたりひたすらジャンプしてたり、憂鬱な表情をしてたり紙をちぎっていたりする。そこには、すでに「自由のお手本」がいる。

いきなり空っぽの部屋に入れられて「自由にしていいよ」と言われて何かをできる子どもたちはいないだろう。お手本がいて、お手本が本当に自由にしているからこそ、「大人たちだってこうなんだから、これでいいんだな」と安心する児童もいるはずだし、「ああぼくもこうしたっかんだ」と思う児童もいたかもしれない。言葉にできなくても何かしらを受け取った児童もいたはずだ。もちろん「そうじゃなくてもいい」し、何も感じなくてもいいのだけれど、そういう余白のある場所が学校にあるというのは、とても豊かだなと思わずにいられない。

ぼくもなんだか安心感があった。レッツの大人たちのどこかに「自分」を見出すことができたからかもしれない。子どもたちのワイワイする声を聞いたらぼくだってリョウガくんみたいに楽しくなるし、知らない人たちの会合に出たら平子くんみたいに端の方に座ってるほかない。「その気持ちはすげえわかるわ」とか「おれもマジでそうしたかった」とかいう感情が湧き出てくる。彼らがいたいようにいてくれるから「ぼくもここにいていいんだ」と無条件に許されているような気がするんだなきっと。児童たちも、感じているんじゃないかな。

もうひとつ印象に残っているのが、この出前授業が、一緒に歌を歌うとか、なんかを一緒に作るとか、そういうことを一切していないことだった。「障害者との交流イベント」っぽくないのである。「障害のある人/障害者を受け入れる子どもたち」という構図を作らず、「たまたまそこに一緒になっている」だけ。別に小学生が歓迎式する必要も、利用者が体を張って何かを披露する必要もない。「普通に、同じ空間に、一緒に、いる」だけでいいのだった。

別に弱者の思いを代弁するわけでも、弱き者として庇護しようというのでもない。そういう意図や目的を離れた場所だからこそ、参加者それぞれの「表現未満、」や心の内面に近づけるチャンスがあるということなのかもしれない。

けれども、そこにあるのはポジティブな居心地の良さだけではない。むき出しの個性に触れられる場だからこそ、「ただ一緒にいること」の難しさも存在していた。一体この人たちはなんなんだろう、何をどうしたらいいんだろうという「困惑」や「疑問」や「衝撃」を感じた児童も多かったはずだ。

リョウガくんもとてもいい顔をしていた

居心地がいいようで難しい。バラバラなんだけれど場が成立していて、カオスなんだけれど居心地は悪くない。何をしてもいいよと言われるけれど、何もできないことだって起き得るし、コントロールされない自由の心地よさもあれば、それゆえの不安定さも同居している。

つまりこの出前授業には、なんというか、アンビバレントなものが不思議と混在するがゆえの説明の難しさがあるのだった。多分、その説明の難しさというのがレッツの醍醐味だ。

そういえば、この出前教室と似た体験をしたのを思い出した。いわきで参加した、あるアート・コレクティブの企画だ。いわきの文化や歴史を深層から掘り起こしたその企画は、大胆な仮説と妄想、空間構成力が遺憾なく発揮されていて、ぼくは本当に大きな衝撃を受けた。正直、地域を見る目がまるっきり変わってしまったほどだ(その体験は、ぼくの著書『新復興論』でもかなりの行数を割いて紹介している)。

彼らの企画は、いわきの魅力を示してくれているように見えた一方で、いわき市民のぼくがほとんどいわきの文化をわかってなかったことや、いわき市民がその豊かな文化を放棄しかけていたこと、震災復興の「失敗」の側面を痛烈に示していた。つまり、社会に対する鋭い「批評」が存在していたのだ。今回のレッツの出前教室は、それを思い出させた。

小学校という場を活用して子どもたちと障害のある人たちを巻き込み、地域のポテンシャルを引き出して豊かな空間を作る一方で、その空間の豊かさが、かえって既存の学校教育の多様性のなさ、画一的な空間設計にも批評の光を当ててしまうのだ。レッツの取り組みには、常に現状の福祉への批評が立ち現れる。

さらに、レッツの人たち(スタッフも利用者も含む)と校長先生、児童たちがある種の「共犯関係」を作って作り上げているというのもまた、とてもアート的だと思わずにいられなかった。誰かが何かを提供し、それを受け取るという一方通行のサービスなのではない。観客や参加者がいて初めて成立する芸術作品と同じように、みなが共犯者になってしまう。

それでいて、レッツのスタッフの皆さんが、明確な意図を持って計画的に展開しているわけでもない感があるのがいい。これは素晴らしい取り組みだから社会で行われるべきだ、みたいな押し付けや、これこそ私たちのメソッドであり小学校で様々に展開されるように企画している、みたいな鋭い意図があまり感じられない。先ほど校長先生が「これもあり」と言ったのと同じ感じかもしれない。

これこれのために、ここではこれこそをすべき。そういうものがなく、レッツの皆さんは常に悩みながら、迷いながら取り組んでいる。「これが最先端のダイバーシティ教育だ!」みたいなスカッとする解も存在しない。だからいつも「問い」が生まれて、常に考え続けなくちゃいけなくなる。そういうところも、レッツでの体験とぼくが体験してきたアートプロジェクトに共通している。

レッツの取り組みとアート

今回の観光では、もう1回「出前授業」があった。2日目の午後、連尺町から遠くない場所にある静岡文化芸術大学で文化政策などを教えている中村美帆先生の講義に、レッツ代表の久保田さんと恋愛妄想詩人のムラキングが参加するというものだ。学生たちは、まず、ムラキングの作詩ワークショップに臨み、久保田さんの1時間ほどの講演に耳を傾けた。

講義には、カワちゃん、こっちゃん、ケンくん、そしてオガちゃんも出席した。オガちゃんはたくさんの人がいる場所が苦手なので教室には入らず、スタッフの高林さんを連れて大学内を散歩していたそうだ。途中から完全に姿が見えなくなったので帰ったのかと思っていたら、高林さんから電話が来て、「オガちゃんはリケンさんたちと帰りたいみたいで待ってると言ってます」とのこと。いやあオガちゃん優しいなあと思って、授業が終わった後、オガちゃんと少し散歩しようということになったのだが、これが失敗だった(笑)。

校内くまなく歩いた挙句、階段で12階まで登ることになり、ガチで疲れ果てた。「オガちゃん、疲れたよ」と言うと、ニヤリとものすごく不敵な顔をして、走りだそうとする。オガちゃんはぼくが疲れているのをちゃんと知っていて、そこで走り始めたらネタとして面白いというのをわかっているのだ。「おいオガちゃん勘弁してくれ」と言っても、ニヤニヤしながら「えええ? 疲れちゃったのぉ?」なんて聞いて来て、また走り始めるのだ。あいつめ。

学内で出会った彫刻を前に記念撮影をキメた

ぼくはオガちゃんに遊ばれていたのかもしれない。いや、オガちゃんはそうして遊ぶことでぼくを歓迎してくれたのかもしれないし、友達として認識してくれたのかもしれない。いやそれ以前にオガちゃんにも説明は難しいだろうから勝手に解釈するしかない。いずれにしても、なんと言うかあの悪ふざけした顔は、「支援する人/される人」という関係でも「障害者/健常者」という関係でもなく友人同士という関係に近かったと思う。

ぼくは「同伴者」から確かに線を超えた。大学側に迷惑をかけてはいけないとか、オガちゃんに何かがあったら大変だから見張ろうという立場を超えて、何処かのタイミングから、オガちゃんと一緒に行けるとこまで行ってみよう、教授室にも侵入しちゃおう、びっくりさせてやろうとか思って、オガちゃんの誘いに乗ったのだった。つまりぼくはここでも「共犯者」になった。それは、今思い返してもどこか痛快で、爽やかな風を心の中に吹かせてくれる。

中村先生と対話する金髪のムラキング

さて、大学のことを振り返っておこう。

授業は、まずムラキングの作詩ワークショップから始まった。ムラキングが参加者に一つだけ質問をして、その答えから妄想を膨らませて詩を書くというものだ。妄想を得意とするムラキングの手にかかれば、たった一つの言葉でもたちどころに言葉が紡がれていく。言葉に魅了され、言葉に取り憑かれ、心をすり減らしながらも言葉を出さずにいられない男、ムラキング。そのパフォーマンスを目の当たりにした学生たちは、何を思っただろうか。

その後、代表の久保田さんから、レッツの成り立ちやこれまでの活動についてのレクチャーがあった。ぼくは以前にも別の機会に同じような講義を聞いているけれど、毎回心に残るポイントが違ったり、新しい発見があったり、何度聞いても学びがある。

といっても、レッツのタレントたちが講義中にずっと教室内を歩き回ったりするし、興奮したカワちゃんがマイクを握って演説しちゃったりと、大学でも彼らはやはりカオスだった。学生たちは、どういう反応を取ったらいいのかすらよくわからない、衝撃を受けてなんと質問していいのかもよくわからないという状態だっただろう。(けれど、わけがわからないというものこそ面白いのであって、そういうものを日常的に体験・学習できる学生たちが羨ましくもあった。)

一つの質問と答えから言葉を紡ぎ出していったムラキング
ムラキングの得意とする「妄想」が作品となっていく
久保田さんからは、レッツの成り立ちや取り組みについてのレクチャー
ものすごく楽しそうなギャラリー席
我慢しきれずカワちゃんも一発演説をぶちかました

それにしても、芸術を学ぶ学生たちがレッツの取り組みを学ぶのは自然な流れだという気がする。芸術を学ぶ学生が障害を学び、福祉を学ぶ学生がアートを学ぶようになったらいいなと思っているくらいだ。さっきも書いたけれど、ぼくにとって、レッツを観光することで得られるものと、アートを体験して得られるものには不思議な共通点があると思っている。

その共通点の最大のものが「なにかの捉え方が変わる」ということ。今まで見えなかったものが視界に入るようになったり、聞こえなかった音が聞こえるようになったり、隣人の捉え方、社会の見え方が変わったりする。そういう、体験する前と後で人間が入れ替わってしまうような体験をもたらしてくれるという意味で、障害とアートの距離はぼくの中でさほど離れていない。

もちろん障害やアートだけでなく、演劇やツアーも、それを体験した人間に大きな変容をもたらしてくれるし、「何かの捉え方が変わる」体験をいえば、もしかしたら「災害」もそれに含まれるのかもしれない。それらのなかでもっとも生身の他者(の内面)とリアルタイムで向き合わざるを得ないのが障害福祉ではないだろうか。

しかも、障害者の福祉事業所の数の多さはアートギャラリーの比ではないし、障害者の事業所に遊びに行くのにチケットを買う必要はない。そして何より自分にとって障害は、アートや演劇よりも圧倒的に近い距離に(たぶんぼくのなかにも)ある。歳をとれば、いずれは否応なく障害者になっていくだろうし。

だからぼくは、障害福祉というのは演劇やアートに先駆けて多くの人たちに開かれるべき「他者理解の扉」だと考えている。チケットを買う必要も、専門家と意見の応酬をする必要もなく、前提となるハイコンテクストな文脈もそう多くは必要とされない。それでいて圧倒的な他者と向き合う機会があり、ただ、目の前の他者と一緒にいるだけで多くの問いが生まれ、自分を変えるような体験になる可能性に満ちている。気楽な意見なのは承知だが、今のぼくにとっては、それが障害福祉だ。

浜松市にはレッツがあり佐鳴台小学校があって静岡文化芸術大もある。人口も多いし多様な人たちが住んでいる。その地の利を活かして、学生には狭義の「アート」に止まらない活動をして欲しいと思ったし、レッツの醸し出す「わけのわからなさ」にしっかり向き合って欲しいと思った。そこで生まれる新たな動きは、レッツがそうであるように、日本の課題に光をあてることになるだろう。美術を学んだ福祉人材、福祉を学んだ美術人材が浜松から生まれたらいい。

さて、講義のあとの顛末はすでに書いた通りだ。オガちゃんに引き回されてすっかり疲れ切ってしまったわけだけれど、ぼくはオガちゃんに出会って「障害」に対する印象がガラリと変わった。オガちゃんは「他者を変えてしまう力」を持った立派なアーティストなのかもしれない。ぼくは、そんな友人ができたことを誇らしく思っている。

関連記事

ページ上部へ戻る