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ただ、そこにいる人たち

ぼくがその場所へ着いたとき、スタッフの皆さんは会議中のようだった。なにやらスペースの奥のほうで大事そうな話をしている。ぼくは邪魔をするまいと、しばらく入口近くの席に腰を下ろし、汗を引くのを待ちながら、周囲をぼーっと見渡していた。

入り口のそばには、これまでのアートプロジェクトで制作された冊子やチラシ、パンフレットなどが所狭しと置かれている。天井からは太鼓のような造形物がぶら下がり、上の階からは、なにやら激しくドラムを叩く音がするのだった。「あれ、障害のある人たちの施設にきたはずなのに」。多くの人たちは、そう困惑するだろう。ぼくもかなり面食らって、しばらくぼーっと突っ立ってることしかできなかった。

入り口にある過去の活動の報告書
初日、ぼく(カモフラの帽子)はこの場所に自分の居場所をもらった

浜松市連尺町。「たけし文化センター連尺町」(以下、たけぶん)である。定型句っぽくなりそうだけれど、ちょっとだけこの施設のことを紹介しておく。

ここは、重度の知的障害など、様々な障害を持った人たちが日中の時間を過ごす施設。NPO法人クリエイティブサポートレッツが運営している。理事長の久保田翠さんは、重度の知的障害のある息子、壮(たけし)くんの母親でもある。食事やトイレが一人ではできないほどの重い障害のあるたけしくんを育てるなかで既存の福祉施設に疑問を持ち、本人がやりたいと思うことを思い切りできる場所を作ろうと、法人を立ち上げた。

こちらの女性が代表の久保田翠さんである

レッツの特徴は、ものすごく簡単に言えば、アートや音楽を取り入れ、彼らが自由に過ごせる場づくりを行なっていることだ。2000年の設立以降、先進的な取り組みや企画を行い、久保田さんは、平成29年度の「芸術選奨文部科学大臣新人賞」を受賞している。福祉の領域だけでなく、アートや演劇、音楽など広く表現に関わる人たちからも注目され、「知る人ぞ知る」を超え、今や多くの人たちが「行ってみたい場所」になっている。

赤いツナギがたけちゃん。右の方はスタッフの方だろうか
受付に座っていた事務局の久保田瑛(アキ)さん。だいたいここが定位置

食べたいようには、もう食べられない

受付に座っていた久保田瑛さんに案内され、入り口のそばの席でぼんやりいろいろなものを眺めていると、利用者たちが窓際のラックに置かれた箱から弁当を取り始め、皆さん、それぞれに昼食をとり始めた。食事するのに介助が必要な人もいる。箸がうまく使えないのでスプーンでガツガツ食べている人もいるし、姿勢良く、箸で大豆をひとつひとつ摘んで食べている人もいた。

ぼくはなんだかそのシーンが不思議なものに感じられた。みんなだいたい同じような弁当を食べているはずなのに、食べ方がこんなにも異なっていたからだ。

いや、そのことはとても当たり前なので、今思えば「そりゃあそうだろう」と思い返すのだけど、その時はそんな当たり前のことをとても不思議に思ったのである。そしてぼくは、4歳になる娘の授業参観に行ったときのことを、ふと思い出した。

子どもたちが、みんなでお昼ごはんの歌を歌う。そして、ひとしきりルーティンのやり取りをして、元気よく「おあがりください、いただきます!」と挨拶をする。

ぼくは、娘たちの歌うその歌に感動した。あんなに小さく身勝手だった子どもたちが、みんなで揃って挨拶ができるようになっている。なんと頼もしいことかと。けれど、今こうして「たけぶん」のみんなを見ていると、本当は、子どもたちだって食べたいように食べたかったのではないか、という気もしてくるのだった。いや、別にあいさつしたり、教育したりを否定するわけじゃない。なんというか、ただぼんやりと考えただけなのだけれど。

ぼくたち親は、みんなで統制の取れた行動をさせることを教育だと考えてしまいがちだ。そしてまた、ぼくたちの親もまた、当たり前にそう考えて、ぼくたちを幼稚園に送り出したはずだ。当たり前だ。そりゃあそうなのである。

けれど、この「たけぶん」では、本当にそうなのかな、とか思ってしまうのだ。子どもたちは、というかぼくたちだって、本来は自由に、食べたいようにしてよかったはずじゃないかと。手でつかんで食べたいし、スバズバ音立てて食べたいし、指だって舐めたいかもしれないし、寝っ転がって食べたいかもしれない。いや、むしろ逆に、今はそんなに食べたくないかもしれない。

ぼくたちは本来の無秩序さを、教育とかマナーとか常識とかでコントロールし、社会性を身につけ、人様に迷惑をかけないよう、「みんなが同じようにやっていること」を身につけながら社会の一員として生きている。でも、もしかしたら、ぼくたちは社会の一員となるために多くのことを学んできた一方で、なにか大事なもの、たとえば、「あれ、そもそも人ってどういう存在だったっけ」みたいなことや、それを自問するような時間を忘れてしまってもいるのだなあと思った。

腹が減っていたので、ぼくも一緒に弁当を食べた。さあ、ぼくはどんな風に食べたいだろうと考えた。レッツの近くの「ザザシティ」の地下で買ったチキン南蛮弁当。箸を使っておかずを口に運んだ。おかずとごはんとを交互に、よく噛んで。あまりにも面白みもない食べ方で、そんな自分に思わず苦笑した。

スタッフだと思っていた男性、川ちゃんは、実は利用者だった
午後になったけれど特別なことは何も始まらない

ただ、そこにいる人たち

チャイムがなるわけでもなく昼食が終わり、何となく午後の時間っぽくなる。

けれど、何かをしなさいと言われるわけではない。椅子に座っておしゃべりをしている人。ソファーでごろんと横になっている人。なんとなくソワソワしている人もいるし、何か呪文のようなことを話している人もいる。ぬいぐるみを抱えて階段を往復している人や、スタッフに悩みを相談しているように見える人もいるし、奥の方で事務作業をしている職員や電話している職員もいる。

ぼくはといえば、スタッフだか利用者だかよくわからない村木さんという男性から、ダジャレを教えてもらってゲラゲラと笑っていた。

皆さん、それぞれに、それぞれが、ただそこに、いたいように、いるのだった。名札をかけているわけではないし、制服があるわけでも、それっぽい何かをつけているわけでもないので、もはやスタッフと利用者の垣根もない。

奥にいた男性のマッスルさんは、利用者ではなくスタッフだ

実際、利用者っぽい方が別の利用者っぽい人をなだめていたり、利用者に見える人がスタッフに見える人とふざけ合っていたりしているので、その分からないさは一層増大する。ぼくも基本的には放置されている。だからぼくは途中から立場はどうでも良くなって考えるのをやめた。そこは、存在することが、ただただシンプルに許されている、そんな不思議な空間だった。

ただ、そこにいる。

ここは、重度の知的障害がある人たちが通う施設だ。障害者施設というからには、何かを作ったり、何かを学んだり、何かのカリキュラムをしたりしているのではないかと思っていた。ところが違った。この施設にあるのは「ただ、そこにいる」だけだった。利用者だけではない。職員も、ただ、そこにいる(ことを支える)のである。つまりそれで支援が成立するということだ。

それに思い至って、ぼくはハッと別の事実に気づいた。ここは福祉施設である。ということはつまり、みんなここに来るまで、「ただ、そこにいる」ことすらできなかった、ということを示すからだ。

集団行動を乱すとか、みんなを怖がらせてしまうとか、仕事にならないとか、いろいろ理由はいろいろあるのだろう。何かをずっとつぶやいていたら「やかましい、出て行け」と怒鳴られるだろうし、落ち着きなくソワソワしていたら「仕事をしろ」と怒られるだろう。彼らの行動の多くは、ただでさえ「迷惑行動」とされてしまう。食事やトイレも一人ではできない。「ただ、そこにいる」ことは、自宅を一歩出たら(というか自宅ですら)とても難しいことなのだ。

そしてその「ただ、そこにいることの困難さ」は、何も利用者だけに限った話ではないと感じた。ぼくたちは、ただそこにいるだけでは「価値がない」とされる社会に生きているからだ。経済的な行為をしたり、誰かに役に立ったりしなければ存在価値を認めてもらえない。男らしさや女らしさ、父親・母親、会社の役職など、さまざまな役割を押し付けられたりもする。ぼくたちは、ただそこに突っ立っているだけではダメなのだ。

建物の入り口はだいたいいつもライブ会場になっているが、、、
中では打ち合わせが行われていたりする

ただ、そこにいるだけでいい。

そのメッセージはぼくにも届く。ぼくは、この場所では、ただいるだけでいいからだ。そしてその言葉は、ぼくのなかにもある「生きにくさ」を優しく抱きとめてくれるだけでなく、同時に、ぼくがいかに「存在価値」のような概念にまみれているかを鋭き突きつけるのだった。

ぼくは、娘に「生まれてきてくれただけでいいんだ」なんて言っておきながら、いろいろな何かを期待し、押し付けてもいる。同時に、自分は、この社会のなかでの評価を上げなければ食ってはいけないとも思っている。「ただ、そこにいるだけじゃダメなんだよ」という社会で、娘には「ただ、生まれて来てくれただけでいいんだよ」とか言っている。そういうことだ。

ぼくたちは、その両方を巧妙に使い分けざるを得ない。矛盾がなんだか鈍く痛い。けれど、その大前提を忘れてしまうのと、それを、常に立ち返るべきスタートラインに設定しておくのでは、人への向き合い方は変化するのではないか、と思った。具体的に言えば、娘に、今よりもっと穏やかに向き合えるのではないかと思ったのだ。こうしなさい、ではなく、それでもいいか、と穏やかに今を受け入れるという感じで。

最初はみんな思う。そこにいてくれるだけでいい、とか。けれどその「スタートライン」は、いつの間にかかき消されて(というか見ないことにして)、ゴールラインだけが、もっと先へ、もっと先へと、価値や評価の世界に先延ばしにされて、ずっとずっとそれを追いかけているような気がする。ぼくたちは、そもそものスタートラインを取り戻さないといけないのではないか。

ああ、なるほど。ここは立ち戻るべき「スタートライン」のような場所なのかもしれない。ゴールばかり追い求める社会で、そもそものスタートラインに気づける、とても稀有な場所だと。そんなことを、レッツに関わることになって初めてやって来た初日、ぼくはそんなことをこの場所で感じたのだった。

というわけで、このウェブマガジンで、ぼく小松理虔が、レッツで過ごした時間や、そこで見聞きしたもの、感じたものをあまり考えずに書き綴っていくことになった。書く文章がつまらなすぎる、これではダメだとクビにならなければ、来年3月末まで連載が続く予定だ。ここで起きていることを考え続けたいし、できるだけ言葉にしたいと思っている。以後よろしく。

月に1度、2日間くらいレッツに出没する予定だ

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