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オガちゃんの500円

7月5日。レッツ観光6日目。

オガちゃんは、爆音をかまして首都高を走っていた。いや、正しくは、浜松市中心部のゲーセンにあるレーシングゲームに座って、首都高を走っていた。ぼくはそれを見守っている。イカつい男が二人。だいぶ奇妙な光景だったかもしれない。

シフトレバーをガシガシ動かすオガちゃん。ガシガシ動かしてカッコよく車を操縦したいよな。わかる。でも、動かすのを忘れて長いこと2速に入ってスピードが上がらないときは、ぼくが手を伸ばしてそこはかとなく4速5速へとシフトを上げていく。

オガちゃんは、いいねえ、すんごい速いねえ、なんつって終始上機嫌だった。なかなかどうしてハンドリングがうまい。首都高を爆走するオガ車は、危なげなく次々にチェックポイントを突破し、見事ステージをクリアしてしまった。ちょっと信じられなかった。ぼくは「オガちゃんすげえじゃん!」と彼の肩を何度も叩き、クリアを祝った。

首都高を爆走するオガちゃん

満足げにカーレースのゲームを終えたオガちゃんと、ひとしきりゲーセンのなかを歩く。古い音ゲーもあれば、UFOキャッチャーも最新のカードゲームもあった。ああ、そういえば大学のとき、カードを使ったサッカーのアーケードゲーム「WCCF」に熱中していたっけ。色々と懐かしいなあ。

ゲーセンに来たのはいつ以来だろう。こうしてまともにゲームをするのはもしかしたら20年ぶりくらいになるのかもしれない。100円玉をコントローラーのそばに重ねて「ストⅡ」や「天地を喰らうⅡ」に興じた日々をふと思い出した。

感慨にふけりながら、オガちゃんのプレイは続く。オガちゃんは、大切にポケットにしまっている財布から100円を大事そうに取り出し、ガンシューティングのゲームをやった。

オガちゃんがすごいのは、雑に操作しているように見えて、なぜかギリギリでミッションをクリアしていくところだ。2回目にやったガンシューティングのゲームは、ほとんど筋書き無視だった。気合だけは充分だけど操作は適当。けれど、なぜかラスト3秒くらいで奇跡的に標的を倒していく。

どうしてもできないところは、ぼくが「こうするんだオガちゃん」とサポートするのだが、最終的にはオガちゃんが敵をなぎ倒していく。アーケードゲームは気合が大事だったんだな。オガちゃんを連れてぼくもシューティングゲームをやったので、二人が落ち着く頃にはすっかりお昼前の時間になっていた。

そもそもなぜぼくがゲーセンにいるのかといえば、スタッフの水越さんに「オガちゃんとしばらく散歩してきて下さい」と頼まれたからだ。

ぼくの心の中はワクワクでいっぱいになった。ぼくはまだここに来て6日目だ。福祉のプロではない。それに、ぼくはある意味「客」じゃないか。それなのに、水越さん、さらっと言ってくれるじゃないか!

オガちゃんの財布に500円が入っていること。ゲームに熱中するとトイレを忘れてしまうので、トイレに行かせること。オガちゃんはよく固まるので、どうしようもなくなったら事務所に電話すること。水越さんからの指示はこのくらいだった。

なぜかほとんど不安はなかった。なぜかはわからない。なんとなく、これまでの数回の訪問で、オガちゃんの人となりを多少なり理解できたという自負があったからかもしれない。実際、オガちゃんは普通にゲームを楽しみ、ぼくの話にも反応を示して、すごく楽しかった。立派に散歩できたじゃん。

ところが、話はそう簡単に終わるはずがなかった。

オガちゃん、固まる

オガちゃんに「たけぶんへ戻ろう」と誘っても、一向にその場を動こうとしないのだ。何も喋らない。物憂げな表情で遠くを見つめたり、ゲームのコントローラーをいじったりして、すっかりテンションが下がり切っている。これか! 「固まる」というのは!

そこでぼくは、買い物に行きたい、子どもにお土産を買うから、それを手伝って欲しいんだ、別の店に行こうとオガちゃんを誘ってみた。「いいねえ、行くぅ?」とか乗ってきた。よし。それでいいぞオガちゃん! 

ところがオガちゃん、「お土産ならいい店知ってるで?」みたいな表情で連れて行ってくれた店は、ザザというデパートに入っている別のゲーセンだった。

クッソww 完全に振り出しである。完全にオガちゃんが1枚上手だ。

またさっきみたいにゲーセンのなかをとりあえず2周くらいしてみた。そしてオガちゃんは、やはりカーレースのゲームをやりたそうにしている。「やっちゃう?」と誘ってくるので、好きなだけやりゃあいいぜと、ちょっと一時代前のゲーム機に誘い、そこで1回。

音楽に合わせて体を揺らし、爆走するオガちゃん。最高だ。こんなノリノリでゲームをできる人をぼくは知らない。画面上の車は、何度も壁にぶつかりながら、猛スピードでゴールを目指していく。カーブは曲がりきれない。わけの分からないところで失速する。ジャンプすれば歓声が上がり、長い直線は誰よりも速くぶち抜いていく。それはまるでオガちゃんそのものであった。

ゴールすると、ゆっくりと車が止まり、カメラが旋回するようにして、その勇姿を写し出した。ぼくは肩を叩いて「すげえなオガちゃん、クリアしたぞ!」と歓喜の声をあげた。いやあ、なんだこのわけのわからない謎の感動は!

カメラを向けるとノリノリでピースしてくれたオガちゃんと、ぼく

時計はもう12時になろうとしていた。

そろそろたけぶんに帰って昼飯の頃合いだ。これでオガちゃんも満足しただろう。さあ、お昼だ。水越さんとも約束しただろう、帰ろう。

そう声をかけると、さっきまで調子に乗っていたオガちゃんは、また一瞬で固まってしまった。まるで巨岩である。

オガちゃん、さっき、水越さんと約束したぞ? リケンさんが帰ろうって行ったら帰るのが条件だったはずだ。お昼ご飯も食わないといけない。帰ろう。帰ってYoutubeでも見ようぜ。な、おれとお前は友達じゃないか。友達なら困ってる友人を助けるもんだろう。さあ、帰ろう。みんな心配してる。

20分は説得した気がする。ぼくは、なにかとても理不尽な感情に包まれていた。なんだろう、身に覚えがある。ああ、うちの娘だ。娘は眠たくなるとクソ不機嫌になる。大声で泣き喚く。意味のわからない理屈を通そうとする。絶対に行きたいわけでもない、欲しいわけでもないのに、自分の要求が通らないことに怒る。

こちらが平身低頭してお願いしても、多少強引に連れて行こうとしても、結局どちらにしても泣く。最終兵器として「アイス」があるのだが、それが通用しない場合はどうしようもない。それで、ぼくは過去に娘を怒鳴ってしまったことが数回ある。娘は100冊ぶんの悲劇を読んだあとのような悲しい顔して、シクシクと泣くのだった。ぼくも悲しい。娘も悲しい。なんなんだろう。

それでも、娘の場合は抱っこして強制排除できる。しかしオガちゃんはそうはいかない。膂力は半端ではない。格闘家みたいな体をしている。かつてオガちゃんは入野にいた頃、重い電化製品をいくつも台車に乗せ、それを動かして街を散歩していたことで知られる。ぼくでも力づくで排除はできない。

万事休したぼくは、オガちゃんと一緒に固まることにした。もはや手立てはない。ぼくもオガちゃんと同じように愕然とするしかない。男二人で、肩を落としてゲーセンを彷徨い歩いた。

コーラで乾杯

水越さんが助けに来てくれたのは、ちょうどその頃だった。水越さんは、いろいろとオガちゃんに提案をする。残ってる200円をつかってゲームをするのか。気になっていそうなユーフォーキャッチャーはどうだとか。

そう簡単に動くわけではないけれど、水越さんは、ぼくが自分の都合を押し付けていたのと違って、なんどもオガちゃんの気持ちを確かめようとしていた。

岩は、少しずつ柔らかさを取り戻す。

オガちゃんはUFOキャチャーの中のスマホが気になったようだった。コントロールを触っている。しかしケースの中にあるそれは実際にはスマホではなく、スマホの形をしたサンプルだった。

オガちゃん、それゲームなじゃなくて、ゲームのおもちゃだよ。ゲームできないよ。

水越さんがそう言うと「おもちゃ? そっかー」なんて言ったかと思ったら、いきなりそのUFOキャッチャーに興味を失った。そして、水越さんに連れられて、あっさりエスカレーターに乗ろうとしたのだった。

え? そこかよ! 

こだわりを捨てるポイントが全く読めない。飽きるまでやらせたほうがいいのか、それとも別のものに興味を持たせるのか、あるいは、目の前のものを諦めるような別の提案をしたほうがよかったのか、皆目見当がつかない。水越さんのように常に相手にボールを投げたほうが良かったのかもしれない。

ぼくはオガちゃんが施設に戻ることを決意してくれたことに対する強い安堵と、猛烈な疲労感を感じながらたけぶんに戻った。

ザザを出て、信号を渡ってセブンイレブンの前に来た時だ。オガちゃんは、ぼくに「飲む?」と言いながら、コップを握って傾けようなジェスチャーをした。水越さんは「コンビニは刺激が多いからなあ」とためらったけれど、最後はオガちゃんの気持ちを尊重して店内に入った。

オガちゃんは残りの200円で1リットル入りのコカコーラーを買った。そして、他の商品には目もくれず外に出た。オガちゃんは、ぼくにコーラをご馳走するために200円を残していたのだった。

小遣い500円。ゲームが好きなオガちゃんは、きっと5回ゲームをしたかったに違いない。我慢させてしまったのだろうか。いや、物事を直感的に判断するオガちゃんである。ぼくにコーラを振舞うことで得られる満足感が、ゲームを上回ると思ったのだろうか。

たけぶんへ戻ると、オガちゃんはマグカップにコーラをなみなみ注いでくれた。そしてお互いにコーラを飲み、ひとしきりゲップしあった。飲んではゲップ。ゲップしては笑い。そのうち、騒ぎを聞きつけたケンゴくんやカワちゃんとも一緒にゲップしあい、散々笑った。

コーラを飲んだ後、ぼくたちは外でドラムンベースを聴きながら過ごした

5分くらいでコーラはなくなった。ぼくは思った。500円を、こんなに見事に使う人をぼくは知らない。ゲームをやり、一緒に2時間ほどを楽しみ、散々ぼくを翻弄させ、そして、コーラまでご馳走してくれる。オガちゃんは、500円の価値を何倍に膨らませて体験させてくれる、いわば町歩きのツアーガイドなのかもしれない。

この日、ぼくは多くのことをオガちゃんから学んだ気がする。少なくとも、ぼくは、障害のある人の「外出支援」をしたのではない。そう思えた。

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