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「かしだしたけし」と表現未満

2019年10月4日、京都市立芸大で講演と赤松学長との対談があった。

レッツとしては「かしだしたけし」を敢行。

たけし君としゅんちゃん、協働学舎が運営するグループホームすてっぷの利用者さんと、スタッフ総勢10名で伺った。

200名ほど入る教室。一般参加も自由なので知り合いの方々も来てくださった。特に私が師匠と勝手に思っている播磨靖夫さんもいらしていて緊張した。

最初に「問題行動と「表現未満、」」で講演。

私の講演はたけしが誕生したところから始まる。

たけしが生まれて子育てをしている中でのいろいろな葛藤がレッツという団体を立ち上げることとなった。また、学校や地域での葛藤と思いから「アルス・ノヴァ」という障害福祉施設ができたこと、そこで「訓練」や「作業」を一切しないで彼らの存在をひたすら社会に「顕在化」することを目標とした。今回の「かしだしたけし」も、彼らのありのままの姿を見てもらう、触れてもらうことで、あなたが「何を感じますか」と問を投げかける。

そして問題行動。

たけしがひたすら石を打ち鳴らすこと、じゅんちゃんがポータブルピアノで音を鳴らし、街の音を聞き続けること。これらを「問題行動」と片づけられる。しかしこれらを「問題行動」としてみてしまったらそれで終わる。

これらは「彼らが決して手放さない行動」「彼らの表現」ととらえると、全く見え方が変わってくる(尊重するものとなる)。それを私たちは「表現未満、」と命名して「その人の存在」を認めていく文化事業として行っている。そんな話をつらつらとしていった。

はじまる前、少し早めに到着した我々は会場に入った。たけしは私にこだわりだし私の腕をつかんで離さない。この人は最初の場所が苦手で自分が不安だと親である私に「何とかしろ」とアピールしに来る。(つまりここから一緒に出ろと訴える)

しかし、私はここから出ることはできない。始まってもしばらく、帰ろうアピールは続く。しかし、それほど居心地が悪い場ではないかもしれないとわかりだす。すると自然に私から離れて、いろんなことをやらかしはじめる。

昨日も誰かのカバンに手を入れたり、人のものを奪ったりと、ガシャガシャとはじまる。

しゅん君はポータブルの楽器を鳴らしたり鳴らしながらぐるぐると動きまわる。動きがとても美しい人。独特の空気感をまとって縦横無尽に教室を歩いていた。

お客さんの中には明らかに不快な人もいる。しかしほとんど人は「ああ今日はこんな感じね」と慣れていく。そしてよく言われるのは、「わたしも自由にしていいのだ」という承認が得られたような気持になるそうだ。

特に今回面白かったのは、すてっぷの利用者さんが2時間のトークの終わりごろには、自由に過ごしていたこと。最初はおとなしく座っていたけれど、2時間後には立ち上がってチラシを折ったり、持ち歩きながら声を発したりとリラックスしてきた。

障害者に限らないが、「いていいんだよ」といわれる場、承認される場、排除されない場は心地いい。それを即座に作り上げていくのはやはり重度の知的障害の人たちは見事だ。

私が自分の講演に「かしだしたけし」をお願いするのは、「障害のある人の存在」を聴衆の皆さんに肌で感じてほしいから。彼らが作り出す場の雰囲気の変化を感覚として感じてほしいから。それは私の講演の肝でもある。

そして彼らがこうやって出かけることで「くぼたたけし」「なかむらしゅんすけ」という人格が、それぞれに伝わる。それは「障害者の○○」を超えることができる。

これは一種のワークショップだと思っている。

今回、京都市立芸大の赤松学長、高橋悟先生のご理解があったから実現した。

ソーシャルインクルージョンだの共生社会だのといくら口で言ったって分かりっこない。

「まったく文化の違う人を理解する」というのが簡単にできるはずもない。

それよりまったく文化の違う人とドキドキしながら接してみる、同じ時間を共にしてみる、のは意外とすぐにできる。

そしてよくある「障害者をこう理解してください」とか「この人たちにこう接してください」というお勉強ではなく、「あなたはなにを感じるか」ということを、「不快感も含めて相手に丸投げする勇気を持つ。

これが、手前味噌だがレッツでしかできない「かしだしたけし」だと思っている。

そんなわけで、

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(今は交通費等はこちらの負担で行っています。お気軽にご相談ください!)

mail:lets-arsnova@nifty.com  担当:事務局

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