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支援を離れること、その余白

7月4日。レッツ観光5日目である。

目下レッツでは「タイムトラベル100時間ツアー」というものを企画している。とにかくレッツの施設で100時間を過ごしてもらおう、観光してもらおうというシンプルな企画だ。施設の日常をそういうふうに「企画」にしてしまうことにも驚かされるし、実際に観光してみると、確かに色々と覚醒する出来事が毎日のように起きる(本連載はそれを書いている)。レッツ観光マジでやばいな、というのが正直な感想だ。

浜松最後の秘境、アルス・ノヴァ(たけし文化センター連尺町)

ぼくはここに来ると大体1泊2日、平均して6時間/日くらいずつ過ごす。今回が5日目なので、今回で30時間分の観光を終えた計算だ。

えっ? まだ30時間? これをあと3セットは繰り返さないと100時間に到達しねえじゃん。100時間過ごしたら、ぼくは人間がほとんど入れ替わったみたいになっちまうのではないだろうか。

この連載もすでに今回で6本目。文字数は3万5千字を超えている。考えていないことは書けない。それだけ多くの思索をもたらしてくれる場所だというのは確かだろう。今日はどんなワクワクがあるのだろう。どんなハプニングが起こるかなと、毎回楽しみに観光させてもらっている。

さて今回は5日目とあって、ぼくのことを認識してくれている人たちが増えたのが率直に嬉しい。入口で悶々としてたオガちゃんはぼくの顔を見てニコニコしてくれるし、カワちゃんも「今日も来たの?」と楽しそうに声をかけてくれる。リョウガくんも何度もぼくを触りに来てくれたし、なんとなく客人として受け入れてもらっている気がするのだ。うれしいもんだなあ。

なんとなくだけれど、「施設の人ではない人」が来るのを楽しみにしているような気配もある。施設にい続ければ、いかにレッツとはいえ、どうしたって「支援する人/される人」という関係が強くなってしまう。どこかで外の空気を欲しているのかもしれないし、風通しが必要だと分かっているから、レッツはいつも門戸を開いている。ぼくは、この場所では紛れもなく「風の人」だ。

今回の観光はだいぶまったりしていました
詩人のムラキングと「名言」を書き合った!

さて、この日はというと、打ち合わせの合間を縫ってただひたすらに文章を書いていた。ここにいると脳内が言葉で溢れてしまうのだ。ただその言葉は、まだ言葉の形にはなってはいない。「言葉未満」の、何かゴチャゴチャっとした脳の蠢きというか。パソコンが処理に困ってガリガリ言うような、なんのウインドウも開いていなけれど、しかし何かを処理するのに時間を要している、そんな状態かもしれない。

それでもキーボードを叩いて、ふさわしい言葉が見つかるのを探る。レッツの取り組みを言語化するのであれば、やはりレッツに関わっている時間にしたい。ここでは特別な時間が流れている感じがするのだった。

そんなわけで、昼過ぎに到着したぼくは、誰かにちょっかいを出したりしながら、まったり文章を書いたり、詩人のムラキングさんと短文を作ったりしてまったりと過ごし、夕方を迎えた。いやあ、今日は文章書いてるだけだったなあと振り返っていたころ、代表の久保田さんから「いい店があるんで残ったスタッフとご飯食べに行きませんか?」と晩飯に誘って頂いた。スタッフの皆さんも一緒だ。

支援をいかに離れるか

そこで酒を飲みながら話したのは、まあ当然いろいろ雑談もあったのだけれど、最終的には「支援をいかに離れるか」ということだった。ちょっと意外だった。彼らは皆、支援を生業としているはずの人たちである。その彼らが「支援を離れる」ことの重要性について語っているのだ。

久保田さんは、こんな話をしていた。「職員なのに、利用者さんのことが好きで好きでたまらないって感じの職員がいたんです。私から見ると、完全に支援じゃなくなってる。キャラとして好きになっちゃった感じでした。それって支援じゃなくて個人の興味じゃんって思ったけど、やりたいからやってるんだなと思えて逆に清々しく思えたんです」。

スタッフの高林さんが続けた。「そうやって支援を超えていくことって、結構みんなが考えていることだと思います。支援を超えることだから『超支援』?みたいな」。

支援の現場にいる人たちが、支援の質を高めるのではなく、同時に支援を逸脱することも考えている。面白いなと思った。

ふと飛び出してきた「超支援」という気になる言葉を考えるために、少し別の話をしてみる。

先日、地元いわきにある地域密着型特別養護老人ホームを取材した時のことだ。3年目くらいの若いスタッフに話を伺うと、「この施設では常磐炭鉱の話をする人が多いんです。でも炭鉱の話は全然わからないので大変です」という話をしていた。彼女の言葉には「だから地元のことをよく勉強しておかないと」というニュアンスが込められていた。地域史の知識があると支援が豊かになる、そういうことかもしれない。

その彼女の話を聞いて、ぼくも関わるいわき市の文化事業で、リサーチャーの江尻浩二郎さんが常磐炭鉱と踊りについて調べているのを思い出した。炭鉱の事を調べようと思っても、土地の古老はすでにこの世にいないか、いたとしても90歳近くになっている。リサーチはますます難しい。しかし、この老人ホームには、かつて産炭地に暮らしていた人が暮らしている。しかも集まって。ここにリサーチに来れば、必要としている情報を一網打尽にできるかもしれない。

江尻さんもそのあたりは感じているようで、話を聞くために老人ホームに行ってみたいと語っていた。地域の歴史をリサーチする人にとって、老人ホームとは介護福祉の場所ではなく、地域の歴史や暮らしの文化が集積しているリサーチ拠点になりうるということだろう。

彼らが入ることで、介護福祉施設は別の文脈を持ち始める。地域の歴史や暮らしの文化を調べ、可視化する場所になれば、地域の文化活動にも厚みが出るし、そこで生きてきた人に対するリスペクトも生まれる。利用者向けのレクリエーションとリサーチを融合させた企画だってできるだろう。「話し相手」になる時間は、介護でありリサーチでもあるのだ。それはすでにひとつの「超支援」と言えるのかもしれない。

介護や支援に、余白をつくる

民俗学者であり介護職員でもある六車由実さんが提唱する「介護民俗学」も、まさにそうだ。六車さんは、静岡県のデイサービス「すまいるほーむ」で介護の仕事をする傍ら、民俗学的アプローチを試みている。

著書『介護民俗学という希望』のなかに、利用者への聞き取りを元に、終末期の利用者さんに思い出の料理を食べてもらうプログラムが紹介されている。地域の食文化をリサーチしながら、そのリサーチ結果を思い出に残るレクリエーションとして役立て、サービスとして提供してしまう。ものすごく魅力的なアプローチだと思った。

六車さんの本。「支援の離れ方」が示唆されている良書

しかし考えてもみれば、レッツの取り組みも同じであった。レッツのスタッフは、建築やまちづくり、アートや音楽に触れてきた人が多い。重度の知的障害のある人たちを「表現者」と捉えれば自然にそうなるはずだし、彼らが地域を歩き、社会に波を立てていく存在と考えれば、場の設計や仕掛けは「まちづくり」であり建築の範疇だ。

六車さんの介護福祉学と、レッツのアプローチには、いくつか共通点も見つかる。いったん支援を離れることで「支援する人と/される人」の関係を外れること。介護という「相手のためにすること」から離れて、私的でふまじめな「自分のためにすること」に置き換えること。そしてその結果、その人本来の姿を捉える回路が生まれ、遠回りしながら支援を豊かにしようと試みること。そしてどちらも、その成果のアウトプットのベクトルを「社会」に向けていること。

もちろん、支援を離れるすべは、アートやまちづくりやリサーチだけではない。久保田さんが紹介してくれた職員のように、思い切り面白がってしまったり、ふざけあってしまったり、愛してしまったり、情が芽生えてしまったり。そういうところにも「超支援」は起こりうる。

東さんの『テーマパーク化する地球』も参考になりそう

そこで思い出されるのは、思想家の東浩紀さんが『テーマパーク化する地球』の終盤に残している「運営と制作の一致、あるいは等価交換の外部について」という論考である。そこでは、これはぼくの解釈だけれど、対価に見合ったサービスを提供し合う等価交換ではなく、その交換を超える何かを「贈与」してしまう、その余剰に生まれる誤配について語られている。

ぼくは、この「支援を超えること」と「等価交換の外部」の話が、ほとんど一致しているように思えた。「福祉サービス」ももちろん需要だが、そのサービス・支援を越えた余剰を作ることで、支援する人/される人という関係の外部に出ることができる。そこには福祉の誤配のようなものが起こりうる。前のエッセイにも書いたけれど、素人が、部外者が、当事者の居場所になってしまうというようなことが起こりうるのだ。

では何をもって「等価交換の外部」へと這い出していけばいいのだろう。

やはり「個人の関心」や「個人の動機」なのではないか。ある人にとっては民俗学的な興味関心かもしれないし、愛着かもしれない。手を貸してあげねばという情けかもしれない。表現者としての表現欲や、説明できない謎のフィーリングかもしれない。

そこには、ある種の「ふまじめさ」が同居している。しかし、その「ふまじめさ」が、等価交換を超えた余剰を作り、その余剰が生み出す余白に「超支援」の領域が生まれ、結果的に、支援が豊かになったり、誰かが居場所になったり、思いがけない調和を作るのではないだろうか。

支援を外れる「ふまじめ」さ

そんなことを感じたぼくが、ここに書いたようなようなことをツイッターで投稿すると、なんと六車さんご本人から直接リプライをいただいた。

「一旦『支援』から離れてひとりの人として向き合えるツールを持つことによって、福祉や介護の現場のありようがより豊かに、そして面白くなるんじゃないかと実感しています。そのツールは、アートでもいいし、民俗学でもいいし、文学でもいい」と。

支援から離れた道。それは日常の支援を否定するものでは全くない。むしろ、福祉の質をトータルで高めてくれるものなのではないだろうか。それに、支援のスキルがない人、支援ではない別のスキルを持った人たちにも、何らかの当事者性を植えつけることにつながる。さらに、私たちのような素人にとっては、その人の「本来」を理解する道にもなる。プロがやっても、素人がやってもいい。

支援の外側へ這い出ること。それは、ぼくが暮らす福島県いわき市に当てはめれば、「復興の外側へ出る」ということにも似ている。復興に直接資するものでなくてもいい。うまい魚や酒を楽しみたい、あんな事故を起こした原発を直に見てみたい。不謹慎かもしれないけれど被災地を見てみたい。そのような軽い動機を、ぼくたちは排除してはならない。楽しんだ先で、誰かが当事者性の種を受け取ってしまうからだ。

ぼくは、やはり専門家でもなければ、介護のプロでもない。完全なソトモノの素人だ。けれど、支援ではない道なら、その人に接することができる。ならば、正しい関わり方を求めてその一歩が踏み出せないでいるより、突き動かされる何かに従って、その人に接してみることだ。

ぼくたちに必要なのは、そんな、ふまじめに人と関わることができる「場」なのではないだろうか。今、レッツが取り組んでいる「タイムトラベル100時間ツアー」のような場所。素人が関わり、福祉じゃない何かで、利用者さんとつながってしまう。つまり、等価交換の外側にはみ出てしまう。そういうところに福祉の誤配が生まれるのではないだろうか。

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