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カテゴリー:小松理虔さん表現未満、の旅

表現未満、はなぜか社会に広がる

表現未満、を考えることが、自分と他者、社会をめぐる回路になるという小松さんのお話。連載エッセイは13回目へ突入。

体験としての障害と福祉

小松理虔さんの12回目の連載記事。障害やアートの「体験」に着目し、その共通性などについて語っています。

「共振」に目覚めるアートプロジェクトとして

2019年9月にレッツを観光した編集者の影山裕樹さんによる論考。表現未満、をアートプロジェクトとして考察しています。

始まりの言葉

地域活動家、小松理虔さんの11回目の連載エッセイ。妄想恋愛詩人ムラキングとじっくり話したという小松さんが、「表現未満、」を再考します。

「色々な人たち」の中にぼくもいる

地域活動家、小松理虔さんの連載エッセイは10回目。レッツの提供する小学生向けプログラムから思考が広がります。

支援と共事

レッツに継続して関わっている地域活動家の小松理虔さん。「支援する」のではなく「共事する」というアプローチにたどり着いたようです。

親の決定、友人との合意形成

小松理虔さんのエッセイ第8弾は、障害当事者の「自己決定」について。親が決めるのか、友人たちと合意形成するのか。どちらが社会に開かれているか。

オガちゃんの500円

スタッフ水越に頼まれ、利用者オガちゃんと散歩することになった小松理虔さん。そこで繰り広げられたもの、そこで感じたものとは。エッセイ第7弾。

支援を離れること、その余白

支援を離れることが、実はその人本来にたどり着ける回路になるのではないか。地域活動家の小松理虔さんによる連載エッセイは、第6弾です。

親亡き後の福祉、そして福島

レッツ代表、久保田翠の講演会に参加した地域活動家の小松理虔さん。そこに見出した「障害」と「福島」の共通項とは。連載エッセイ第5弾。

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