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オガ台車は問いかける

1月30日である。前回たけし文化センターに来たのが昨年12月の「表現未満、芸術祭」だったから、もう2ヶ月近く空いてしまった。令和2年、最初のレッツ観光である。かなり久しぶりの訪問になる。まあでも、なんだかんだ言いながら月に1度はやって来てはいて、地元のいわき以外でもっとも頻繁にやって来ているのがこの浜松な訳で、以前に比べればグッと距離が近づいた感じがする。

が、今回の訪問はちょっといつもとは訳が違った。スタッフの皆さんが大事な研修で勤務に入れないから、リケンさん、もし良ければお手伝いにいらっしゃいませんか、的な話を聞いていたからだ。

やっぱりいつもの「たけし文化センター」だった

よっしゃ、とぼくは心の中で思っていた。これまでは観光客的な立ち位置でふらっと関わって来たぼくも、そろそろ役に立つということをみなさんにわかってもらうためには、ククク、今回の研修はチャンス!  ところが、さすがはレッツ、研修に行くスタッフがいても支援に穴は作らない。ぼくはほとんど手伝うこともなく、いつものようにふらりとそこにいるだけであった。

たまたま前日が東京だったため、ぼくは東京駅を7時に出る「ひかり」に乗って来たぼくは早々と午前9時に「たけし文化センター」に着き、スタッフの水越さんが運転する送迎車に乗せてもらうことになった。

裏切られる学び

乗ってくるのは巨漢の男ばかり(含オレ)。下手すると積載許容量超えてるのでは? と思っちゃうくらいだ。エンジンも「ブォン」とふかさないと前に進まない。3人目に太田くんが乗ってきた。太田くんはレッツのメンバーで最重量。重い障害があり、発話はしないし、動きもテキパキとはいかないのだが、世界との触れ合い方が独特で、気になるものがあると、触ってみた指の匂いを嗅いでみたり、唇をつけたりする。なんだかぼくたちよりもじっくりと世界を楽しんでいるように見える。

普段の太田くん

言葉では意思の疎通が難しいかもしれないけれど、これまでレッツで過ごして来た時間で顔を覚えてもらっている思っていたし、実際、結構仲良くなったのではないかと思っていたので、太田くんが車に乗って来た時に、「おお、太田くん久しぶりだな」と呟きつつ、膝のあたりをさすってみた。すると、意外にも太田くんは「お前、何触ってんの?」ってな感じで、膝を自分の方にすっと下げ、メンチ切るような顔をして、「んっ!」っとぼくの方を一瞥したのだった。

肌に触れる。ぼくは、肌に触れることを通じて、太田くんに親密さを押し付けるようなことをしてしまったのかもしれないと思った。気持ちを確認しようがないから想像でしかないけれど。触る。肌に触れる。あるいは髪に触れる。ぼくたちは、その行為に至るまでの距離を簡単に超えたかのように振る舞いがちだ。けれど、「肌に触れる」というのは、やっぱり一線を越えることでもある。信頼があってはじめて成り立つものだ。

それは別に福祉に限った話ではなく、あちこちに馴れ馴れしく触ってくるやつはいる(それは自分かもしれないが)。そしてそれを受け止めることが社会人だとか思ってしまいがちだけれど、それってやっぱりものすごく敏感なものであるよなあと、自分のこれまでの振る舞いを反省したのだった。

こんなふうに、レッツのみんながストレートに感情を表してくれるから、ぼくらが陥りがちな「健常者の側の常識」みたいなものを疑うきっかけをくれる。自分のこれまでの行いやコミュニケーションの問題を、少し自省的に考える機会を与えてくれるのだ。太田くん、ごめんな。

普段のたけし文化センター(アルス・ノヴァ)

でも、アルス・ノヴァにやってきたあと、太田くんはひとしきり自分の体(股間も含まれていた気もする)をこすったその手でぼくのあごのヒゲを触ってきた。さっきまで「肌に触れることの難しさ」を真面目に考えててきたぼくをあざ笑うかのようだった。まあ、ぼくのほうも「ヒゲ触ってみ」みたいな素ぶりを見せたので、太田くんはきっと気を使って触ってくれたのだろう。

真面目なことを考えるきっかけを与えてくれる。しかし、その後ですぐにそれが裏切られたり、それを考えることの意味のなさみたいなものまで教えられる。「お前らの都合のいいように学びの場にされてたまるかよ」という声が聞こえてくるような。そういうことが起きるのもレッツの魅力だ。

鬼のゲップリクエスト

送迎から戻ると、ひとしきりスタッフの夏目さんと水越さんと打ち合わせをし、昼ごはんを食べたところで、佐藤さんの運転する車で、入野の「のヴァ公民館」へと向かった。

佐藤さんの運転を煽るオガちゃん
マイペースなあみちゃん、オガちゃんによく絡む

車の中には、さっきまでドラムをぶっ叩きまくっていてたオガちゃんと、普段は入野の「のヴァ公民館」に通ってくるあみちゃんが一緒だった。佐藤さんとじっくり話をしたかったのだが、あみちゃんとはカメラをいじり、オガちゃんとはゲップをしたりしてふざけていた。

オガちゃんは、いつもぼくを見ると「あれ、お前誰だったっけ?」みたいな感じなのだが、ゲップをすると「おおお、リケンちゃんじゃん!」みたいな感じで思い出してくれるようになった。ただ、一度でもゲップをしてしまえば、そこから数時間はゲップリクエストに応え続けなければならなくなる。だからぼくのことは思い出してもらわなくてもいいのだけど、それはそれで寂しく、ぼくはゲップをしてしまうのだった。

日向なら、ほとんどシャツ1枚でいいくらいの、とにかくいい日だった。入野に着いたあとはしばらくまったりと日向ぼっこを決め込む。オガちゃんは毎度のように室内に入るそぶりなく、ぼくのカメラをいじっていた。さすがメカに強いオガちゃん、めっちゃ勘がいい。要領よく撮影方法を理解すると撮影を始めた。ぼくやスタッフの佐藤さんや水越さんの写真を撮る。

撮影:尾形和記
撮影:尾形和記
撮影:尾形和記

確かに、オガちゃんはよく固まるし(後述)、得意なじゃいこともたくさんあるのだけれど、一緒に遊んでいると、目の前のオガちゃんを「障害者」とは思わないし、ものすごくふざけたやつなので、むしろ「お前、何やってんだよ」とシンプルにツッコミを入れたくなる。

この日したのはYouTube鑑賞。ドラムの効いたダンスミュージックやヒッポホップのスクラッチDJの映像を「すごいねえ」って一緒に見ていると、ほとんどそこに「支援」はない。構える必要もないし、一緒に遊んでればいいし、そういう向き合い方で全然いいんだな。そんなことを最初に教えてくれたのはオガちゃんであった。

オガちゃんは、よく肩を揉んでくれる。ちょうどいい力でツボに入った時は、こいつマジでナニモンなの? と思うくらい気持ちがいい。だから少し甘えて「オガちゃんここを揉んでくれ」と肩を向けるわけだが、そういうとき、オガちゃんは何をすべきかをわかってて、全力の馬鹿力で肩やら筋を揉んでくるのだった。ウギャアとぼくが声を上げる。するとオガちゃんは楽しそうにゲラゲラ笑いながら「いいでしょー? うまいよねえ」とか言ってぼくを指差してからかう。わかってるよなあ、こいつは!

愛されキャラのオガちゃん
水越さんとじゃれ合うオガちゃん。羨ましいほどの信頼がそこにある
黒い作業服がここまで似合う男もいるまい・・・

オガ台車と、ケーズデンキの壁

オガちゃんはサービス精神が旺盛なので、外からお客さんが来ると、自分の作ったものを見せてくれることがある。そのひとつが「オガ台車」だ。ぼくは幸運にも、今回の訪問で、この「オガ台車」を見させてもらった。

オガ台車。レッツの伝説的パフォーマンスのひとつだ。かつてこの「のヴァ公民館」に来たばかりのころ、オガちゃんは台車に大量の電化製品を積み込み、地域を練り歩くことをしていた。電化製品が好きでなんでも持ち歩きたいオガちゃん。2メートルほどの高さまで積み上げられた電化製品とともに歩くオガちゃんの勇姿はレッツファンの間で伝説として語られている。

オガちゃんは、さっき連尺町から持ってきていた「巨大アンプ」を台車に乗せ始める。スタッフの佐藤さんは楽しそうに、悪巧みするような表情でオガちゃんのテンションを上げつつ、アンプ、大量のCDが入ったカバン、サボテン、パソコンのディスプレイ・・・やら何やらを載せていく。

出発前、あみちゃんにシバかれるオガちゃん
出発前、なぜかテンションが下がるオガちゃん

さあ行こうという時に、なぜかテンションが下がって固まってしまったオガちゃんだったが、気を取り直して出発!

台車はゆく。時折、ニヤニヤしながら台車を押して小走りしたり、常に僕たちに揺さぶりをかけてくる。空は青い。太い幹線道路を走るドライバーが何を運んでいるんだろうと興味深そうな顔を向けている。そんな好奇の目線を跳ね返す、いや、意にも介さず、台車はモリモリと進んでいく。少々の段差は苦にしない。

ぼくはとても痛快だった。オガ台車は止まらない。すべてをぶっ壊しながら痛快に、何事にも突っ込んでいけるんじゃないかという気になる。風をも切り裂く孤高の重戦車。もはや誰にも止められないぃぃぃぃ!

モリモリと台車は進んでいく
オガ台車と歩いて、段がひとつ上がったような気持ちになった

が、誰にも止められない重戦車が、いきなり止まるのをぼくは知っている。その緊急停止の時が近づいているのも知っている。ぼくがオガちゃんと「オガ散歩」するのはこれが初めてではない。重戦車は止まるのだ。「ケーズデンキ」の前で。

オガちゃんは電化製品が好きすぎる。とにかくケーズデンキに行きたい。けれどもスタッフの佐藤さんは、誘惑だらけのケーズに行ってしまったらオガちゃんをそこから引き剥がすのは数十倍の労力がかかることも知っている。だから「オガちゃん、ケーズに行かずに隣の小学校を回って帰ろう。小学生からいっぱいサインをもらえるよ」と提案する。佐藤さんも必死だ。

固まったオガちゃんを優しく説得する佐藤さん
佐藤さんの健闘むなしく、オガちゃんは完全にテンションだだ下がり

オガちゃんは、衆生のすべての罪を背負った聖人のような悩み深い表情になり、台車の脇に座り込んだ。ケーズに行きたくてたまらないのだ。けれど、のヴァ公民館に戻らなければいけないというのもわかっている。だからこそ耐えているのだった。引き裂かれているのだった。

しばらく膠着が続いたあと、佐藤さんが折れた。あの手この手でケーズ行きの道を阻もうとしていた佐藤さんだったが、ケーズに向かい、そこにオガちゃんママに迎えに来てもらおうということになった。運良く、時間はすでに3時半をすぎており、お母さんに迎えにきてもらうのに早すぎることはない。

わかったわかった、行こうか。お母さんに来てもらおう。

オガ台車は再び力を取り戻す。ケーズの駐車場に入る段差も軽やかに超えていく。おおお、アンプを載せたまま電気屋行くのか! 明らかに怪しいぜ。でもそんなことは知ったことじゃない。オガ台車は誰にも止められないのだわかったか!

そこはかとなく置かれるオガ台車

台車は、入り口の外の駐輪場に置かれた。こんな絵面見たことがない。

で、この台車、このままお母さんが迎えに来たら、お母さんの対応は佐藤さんがするわけで、一体誰が運んで帰るのだろう。ああ、ぼくか。そういうことか。今回はスタッフの意気込みでやって来た。持ち帰らねばなるまい。

お、重い。

ケーズには、佐藤さんとオガちゃん以外にも、レッツが管理するYoutubeチャンネル「のヴァてれび」の撮影担当のアスカさんも来ていた。こんな重そうな台車を女性に押させるわけにもいかない。押すしかあるまい!

それにしても痛快だよなあ。台車とは何かを運ぶものだ。「運搬」という目的があるからこそ台車は押されるのだ。しかしオガちゃんは運ぶのではない。単純にもっと原初的な何かに突き動かされている。押したいから押す。そういうことなんだ。「なんでそんなことやってんの?」「それをやって意味あんの?」「それやって何が生まれるの?」と、ぼくらは意味や価値ばかり考える。それを押し付ける。意味なんてねえよ、押してえから押してんだよ。

結局筆者が押して撤収

そういう外付けの「意味」や「価値」を超えたオガちゃんの行為は、なぜだか心を打つ。まあ勝手にぼくらが心打たれてるだけなんだけど。いやあ、すげえよ。オガ台車とオガ散歩。価値観が揺らぐよ。

時刻はすでに午後4時になろうとしていた。陽の光の暖かさの中に、夕暮れ時の冷たい風が混じり始めている。のヴァ公民館で送迎車を待ち、連尺の「たけし文化センター」に着く頃には、ぼくはどんよりとした疲れを隠せなくなっていた。

スタッフの夏目さんと佐々木さんに挨拶をして3階のシェアハウスへと引っ込み、シャワーを浴び、コンビニで買って来たメシを食らいながら、忘れないうちにとパソコンを開いてレポートをまとめた。眠気がひどくて書き進められたのはたった400字ほど。夜8時。今夜は気持ちよく寝られそうだ。太田くん、オガちゃん、ありがとう。

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