
別に絵を描きたくない人と絵を描いてみる
レッツ爆発アート実験室というものが2024年11月から始まった。ちまた公民館が地域活動支援センターの機能を持つことに合わせてプログラムの一つとして始まった。
初回は私が担当し「手、以外で描く」ということをテーマにした。
手を使えない人は足で食事をしたりキーボードを滑らかに打っているのを映像で見たことがある。私たちは手で書くのが楽だから手の機能をを発展させているが、滑らかに足を操作している人たちがいるのをみると、身体の可能性を考えてしまう。そんなことも考えたながら始めた企画は6人ほどの方に参加いただいた。
その中に外部からの参加者さんたちに混じって、アルスノヴァメンバーのユウジさんも途中から参加した。スタッフと共に足を使って地面に置かれた布に絵の具を乗せていく。今回は二人一組で相手の顔を描くと言うことをしていたのだが、ユウジさん(とスタッフ)はやはり行為自体が見えてくるような、ポロックのような抽象的な図柄だった。彼も滑らかに足が使えるようになれば手で書いている画と同じような図を足で描き始めるかもしれない。そして少し驚いたのは彼があまり嫌そうな顔をせずに作業していたことだ。なぜならゆうじさんは体の一部を汚しながら絵を描く、ということに対していつも嫌そうな顔をすることが多かった。とりわけ今回は身体的な負荷を大いに強いる制作だ。
思えばメンバーたちはわざわざ手以外で描くと言うような非効率的なことはしない。ほとんどが自分の体の中で最も器用な手を使って書き、描くことがほとんどだ。本人はあまり絵を描くとかそう言う意識を持っていないことはゆうじさんに限らずアルスノヴァの人たちの多くに感じられる。
そんなことがあり、彼らにとって絵を描く、と言うことはどんなことだろうと漫然と考えている最中だ。(その前に自分自身が、自身にとって絵を描くと言うことはどんなことなのかということもわかってないのだが)
アルスノヴァでは能動的に手を使い、かく(書く、描く、掻く、、)行為をする人はもちろん多い。カレンダー作りや独自の文字を書いたりなど同じことを繰り返す人も多いけれどその行為に自らの活動の楽しみを見い出しているようにも見える。(それは自閉症的特性とも言われたりする)
一方でそうでない人たちもいる。例えば色鉛筆と紙を渡すと漠然とぐるぐる動かしながらこちらを伺って描いている人を見ると「絵を描く時間」とかに昔から描かされてきたのかなと言う気持ちになる。こういうことを書くとアール・ブリュットと言う言葉が出てきそうになるが今回は割愛する。
ユウジさんの足で描く姿を見て、別に絵を描きたくない人とも協働、共作できないかなと思っていた。
ある日、1M程の角材の先の4辺それぞれに筆を取り付けてみた。そのまま箒みたいに使うことも、もみぎりみたいに回転させて書くことができる。たまたまそこにいた土屋さんに渡してみる。土屋さんは別に絵を描きたいわけでもない。強要されてまで何かをしたくない人だ。土屋さんは普段画は描くが、絵は描かない。「さくら、さくら」といった具合に言葉をマーカーでチラシに描きそのページを破ってさらに1cm四方くらいに細々とちぎっていくことをいつもしている。以前試しに足で描かせてみようと彼の履いているクロックス(のパチモン)の穴にクレヨンを突っ込んでみると、一筆は描いてくれたがそれ以上は拒否していた。
地面に大きな紙を敷き絵の具を垂らしその上から筆で絵の具を押さえ回転させる。筆を箒のようにして描くことは全くやらなかった土屋さんだが、試しにもみぎりのようにぐりぐりと角材を回転させて描いてみると、その行為の何かが刺さったのか手に取りやってくれた。
しかしすぐに辞めてしまうので10秒やろうと言ってイーチ、ニーー、さーーん、しーーーいと徐々に長くしながら10秒間描くことができた。そんなことを繰り返しながら絵はできた(完成写真はない)。この時は彼と私の間に達成感が多分共有されていたのだが、2週間後にまた同じことをやってみたら明らかにやる気のなさそうな感じがしていてもう賞味期限が切れたかもしれない。
ともあれ描く道具や描くという行為を工夫することで、普段絵を描かない人と絵を描くことができるかもしれないなと思ったので、時折このような試みをしてみたい。あの絵はいい絵かどうかの判断の前に(私にとってはいい絵だ)土屋さんが何よりも水浴びが好きなようにもっと彼らに刺さるかもしれないような方法を考えてみたいと思う。
そしてこのようなことは協働のツールになった。アルスノヴァでの活動では、音楽のセッションのように共に何かをするということがコミュニケーションの大きな基幹だと感じている。すでに絵を描くということは活動の一つでリョウガさんのカレンダー活動のようにすでに様々な協働の形があるが、絵を描くと言う行為が音楽のセッションのように協働、共作して、何となくでも達成感を感じるような協働の選択肢としてさらに存在するといいなと思う。今回のもみぎり筆のように別に絵を描きたくない人とも協働できる道具を色々開発してみたい。
そしてどちらかというとこれらの試行には絵を描きたいからというより、私が協働したい、コミュニケーションしたいという方が強いかもしれない。
ちなみに乾燥させるために中2階の階段に絵を置いておいたらタケシさんのビリビリの原料になった。(見山陸生)
レッツ爆発アート実験室は毎月一度ちまた公民館で開催しており、誰でも参加できます。(開催日はちまた公民館公式Instagramにて随時更新!)